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2016年1月18日 (月)

1月の桜

201601sakura00


この光景は一月のもの。川沿いの桜がたそがれ時の光に照らされて、華やかでもあり、淋しくもあり。
実に自然はさまざまな感情を心にもたらしてくれます。

実際のところ、桜でも苺でもバラでも、一季咲だけじゃなく四季咲のものがいくつもあります。
そこに気温が上がらず下がらずだったりするとさらに狂い咲きの生じますから、意外と時季外れに咲く花は多いものです。

この桜は狂い咲きではなく、いつ見ても咲いている感じがします、おそらく四季咲きのものか十月桜のような種類ではなかろうかと思います。

四季咲きであれ、狂い咲きであれ、春以外に咲く桜は花自体が若干勢いがなく小さ目のような印象を受けます。
ですが、それにはそれの味わいがまたありますよね。

そんなに慌てなくても、春は来ますよと言いたくなりますが、それはこちらの勝手な思いであって彼らは彼らの時間とペースで生きているのですから余計なお世話です。寒い時期に咲く=悲しいこと、狂っている、ではないですもんね。

話しは変わりますが、私の大先輩に二人の女性がいらっしゃいます。習ったのは和太鼓です。
私は詳しくは彼女たちの生い立ちを存じませんが、一方はどこぞのお嬢様で一方は元芸子さんだったらしいとのことです。
今はもうお二方ともいらっしゃいません。

私はそれまで和太鼓など一切興味がありませんでした。
しかし、彼女たちがたたくそれはもうこの世のものとは思えないほどに見事で、知らない間惹きこまれてしまうものでした。だれしもその音色に酔いしれたのです。

小俣の切れ上がった、という表現がぴったりで粋という雰囲気は消せないほど。
10年ほどしばしばその太鼓を聴く機会に恵まれ、実際私もてほどきをうけましたが、彼女たちの領域に入ることはできませんでした。単に芸というより、その方たちの生き方と性格が反映されていたように思うのです。

そんな彼女たちが時々私に質問を投げかけてきたことがありました。

”みぃちゃん、人生ってさ、なんだと思う?”

私はまだ二十歳そこそこでしたから答えが出せませんでした。


するとお一方は“海”
もうお一方は“桜”

その心は・・・と深くお話しをうかがいましたがここではまだ言わないでおきます。
常に自分にも人にも厳しいお二人でしたが、ああいう背筋のピンとした昔気質の先生にはもう出会っていないような気がします。

明治、大正の人、昭和初期生まれの方は厳しかったです。筋がきちんとしており
厳しさの中に時折深い愛情とやさしさを見せてくれたものでした。

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※追記※

教室前設置のパンフレットに同封しておりましたプレゼントを終了させていただくことに致しました。

教室見学、体験レッスン(一回のみ)を受けて戴いた方には、もれなく気持ちばかりのプレゼントのご用意があります、ぜひいらしてください。

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