« 来年はできるかどうか | トップページ | 私の伯母 »

2016年4月15日 (金)

やっと

昨日、やっと掛けてある絵画を季節に相応しいものに変更することができました。これらは、私のものではなく美を自分なりの基準でこよなく愛した、こだわり屋の祖父から受け継いだものです。

ところが・・・私も美をそれなりに愛しますが、祖父とはまた別のタイプのこだわりがあるのです。
表現する方の生き様が激しければ激しいほど、時には“馬鹿なんじゃないの?”というくらいの方に魅力を感じます、有名であろうが無かろうが。祖父から受け継いだものの作者さんの中でも、そういう人もいらっしゃったのかもしれませんが、私には見た感じそういう風に全く映らず、綺麗に描けているよね位にしか思えません。(そう生きる方であるなら、整っていなくても泥臭くても、綺麗じゃなくても狂おしくも美しく感じられるし、受け止められます。ただの好みですが。)

きっとそれらは私が追い求めて得たものではないから、尚更そう思えるのでしょう。ですから私にとってはただ重い扱い辛いだけのものです。けれども、中にはいいんじゃない?と思うものもありますので、それを中心にそれとなく出してありますから待合でお待ちの際には、少し程度の気休めにはなりますので、どうぞご覧ください。

私は自分から追い求めても、絶対に手に届かないような、内に消そうとしても消えない炎を秘めたる人が好きです。
そして自らの炎を松明として、道なき道を行く人に焦がれます。
見た目穏やかでも、そうでなくとも。そして、男性であれ、女性であれ。
そういう人を勝手に応援していますし、こういう私もなかなかのもの。

馬鹿でいいんじゃないでしょうか。
むしろ馬鹿じゃないとつまらない。
大馬鹿野郎で丁度いい。

幸か不幸か、私の周りはそういう人で形成されています。
純白よりもディープレッド。人にも作品にもそれを感じる方に尊敬を覚えます。

« 来年はできるかどうか | トップページ | 私の伯母 »