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2016年4月25日 (月)

枯れても生きてます

昨日やっと里子に出した睡蓮・蓮の出張お手入れが一軒終了しました。
私が赴くご家庭には一定の条件があって、私が幼少時代に著しくお世話になり、且つ自力でできないご事情のある方のみとなっています。
私の人生の目的として、大勢の方ではなくともせめてお世話になった方には笑顔をお届けしたいという心の柱からくる行動で、偽善と言われればそれはそうかもしれませんが、それならそれでいいです。

そちらは3年目の更新を迎え、すこし環境にも変化が見受けられました。
ほとんどのお手入れは私がしますが、できることは身体を使った方がいいのでできる方に担当していただきます。
土を粘土状態にこねていただくことを毎年お願いしてありますが、昨日は私が到着時点である程度作っておいてくれました。ですから、私は確認と修正で済んだので随分とはかどりました。

気になった点は、メダカに餌をやりすぎていて非常に太り、しかも食べ残していました。可愛がりすぎです(笑)
途中、おじさんがワー!化け物!というので何事が起ったのかと思い確認すると、手についている虫に慌てふためいていました。一家四人とお友達二人を呼んで下さっていたのですが、そのすべての人たちが何?何?怖いと青い顔だったので、私は大笑いをしてしまいました。
正体はトンボの子供です。
水生植物をやっていて、3年目ともなれば当然ヤゴは生まれてます。それにともない赤虫だって発生しているはずです。あれだけきっちりと生育している限りは命の循環が起こっているのは自然です。
大の大人たちが6人も首そろえて、ヤゴくらいで驚いていてどうするの!と笑うと、ここに住んでいればそんなの見る機会なんてないよ、嬉しい!と感激してくれてました。それこそ私の望んでいる生きたコミュニケーションです。

こういうことは、お互いの許しあいがなければ生まれません。
知らない人に大切なものを譲ることもできないし、血の繋がらない人を信用して家の庭の一部を管理することを許すわけですから。魂と魂のふれあいです。

お手入れの最中にひとつ花が消えているのに気が付きました。
どうやら冬の最中に枯れたと思い込んで、怒られる前に処分したようです(笑)
うちにはいくらでもありますから、いつでもお持ちすることが出来ますので隠さないでも大丈夫ですし、何よりそれ死んでません。冬の間、枯れてダメになったと感じても水面下では大きく育っているのです。ですから、短気を起こさないで、しばらく様子を見ることです。

“諦められない気持ちは時に緩やかで大きな奇跡を生む”
ことがありますよ。

20120706lotus000

咲いていたらこれでした。

疲れましたが楽しい時間でした。
お礼にトランペットを吹いてくれたり、歌を歌ってくれました。

小さくても、短い時間でも、この世に楽園が生じたひと時だったのではないかと思います。

“あなたの笑顔がみたい”

これは、私がすべての子供たち、人々に思っていることです。
レッスンにおいても、それは絶対に変わりません。
その為の道を歩いて来たつもりです。


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