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2016年5月 6日 (金)

表現すること

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ゴールデンウィークはあっという間に終了でしたね、皆さまいかがお過ごしでしたでしょうか^^
私は地域のお子様方のちょっとしたお手伝いの作業をしたり、花の手入れをしたりしておりました。

人とお会いしない時には黙っていられるのが一番気持ちが楽です。
私はお話しすることは嫌いではないのですが、得意でもないのです。人と対面すると非常に緊張し、しかもそれが人にはまったく伝わらないまま、おかしなテンションで、思ってもみないようなことまで口から飛び出してしまうからです。
出してしまったものは、色々な働きをします。人を喜ばせることもあるでしょうし、逆に傷をつけてしまうようなこともあるかもしれません。そんなことを思えば思うほど、話すことが怖くなります。

私が音楽や本や絵や写真にのめりこんでいったのも、その辺りが重要な鍵だったかもしれません。
“芸術は誰も傷つけたりしない表現”だと思っていたからです。
けれど、この連休中にたった何時間だけ出かけた園芸の施設で思いもよらぬ体験をして、少し考え方が変わって来ました。
その施設は可愛い動物もいて、特別な日ではなくてもお客様の層は小さいお子様がいるご家族か、お家でゆったり過ごされていらっしゃる位の方がたです。特にその日は快晴で暑すぎることもなく、そよ風に吹かれながらのんびりとお弁当を皆さまが広げていらっしゃる時間帯でした。そこに、誰も予想もなく突然音楽の生演奏が始まりました。

つかみに中島みゆきさんの“地上の星”
唸るような歌声に、切なく歌い上げるタイプのバイオリンです。
次にテレサテンのつぐない。
更におそらくそのチームオリジナルの何か。

一切の反応なし。

もしも、誰かの心に何か突き刺さったとしたら、何処か後ろ暗い事がある休日サービス中のお父さん位のものでしょう。(窓に西日が~)
傷つく、怒る、などがあるのは、一旦聴いてくれて心を通して起こる現象なので、とりあえずはお届けすることには成功しているわけです。
けれども無反応は、届きさえもしないので、心にも響かずなんの現象も起きなかったということです。
或いは、ポストに入っていた必要のない封書のようです。届いたんだけど開封もせず捨てる、みたいな。
それは、何より表現者としては切ないことでは無いでしょうか。
ですから、あれだけチビッコ(ほぼ未就学児)ばかりの中ではちょっと難しすぎるので、当日にでも曲目を変更した方がよかったか、あるいは一曲でいいから子供向けの演奏にするか、そのままでもせめて子どもが食いつく他の要素(声色、表情、演奏の仕方)を盛り込んだら良かったのでは無いでしょうか。
せっかくあんなに歌も上手いし、楽器も上手いのだから。ちょっとの気配りで結果は大きく違ったように思えます。

自分の思いを外に出すことにより、誰かを傷つけたりしないかとばかり考えていた私でしたが、どんな風であっても反応があった時にはそれを喜ぼう。その上で、万が一不快な思いをさせたならば、その時点で話したりお詫びをしようと、今回の出来事を通じて深く思ったのでした。
私以外の人の中で起こる現象は、ある程度までは予見できても、完全に支配しコントロールできるようなものではないです。先に不安を立てても、分かりようもありません。方法が言葉であれ、音楽であれ。ほかの表現であれ。

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季節は違う時に撮影しましたが、この長靴大根もこちらの施設で試みられていたものです。
前衛的で前向きで力強い、物言わぬ意思表示です。
これ見たら、無理なことなんか一つもないような気さえしてきます。
受け止め先で、何かミラクルだって起こせるんではないだろうかとさえ思えます。


色々学ぶことの多い、園芸施設でした。

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