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2016年6月 8日 (水)

水の耀き

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今の時期は朝、蓮のお手入れが楽しみです。立葉が上がって日々成長しており、その若々しい力に更に太陽が注ぎ、灌水した水滴が水晶のように透明な光を放ち、どんな宝石にも負けない程の美しさ。
とはいえ、ゆっくりのんびり眺めている時間もないので手早くパパパっとですが。
近所の子供ちゃんがおばあちゃまに連れられてメダカをもらいにやって来たり、過剰株そのものを求めに来てくださる方もありシーズン中は賑やかです。勝手知ったる・・・と言った感じで、私が対応できない時は近所の方が初めての方に対応して下さっていたりして有り難いです。


“砂粒程の大きさでも構わないから、自分の中から閃光を放っていたい”
そうずっと思ってきました。

インナーティーチャーと召された先生はよく言っていました。私には如来蔵のほうがしっくりきます。
簡単な話し、自分の中に先生はいるよってことです。宝物は自分の中にこそあると。
ですから、自身とその内面を磨いていれば良いと、ついさっきまで思っていたのです。けれど、太陽に照らされて輝く水滴を見ていたら、自分から輝きも大切だけれど外部から照らされる光も大切なんじゃないだろうか?と思ったのです。
自分の放つ光をさらに倍増させてくれるのは他の人たちの力だと。双方あって普通なのに私は片方にしかフォーカスして来なかったなと気づきました。

単純なことなのに、見えないときには見えないものです。
凝り固まった考えに留まろうとせず、芯を持ちながらも柔軟であらねばなとそんな風に思えた朝でした。

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