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2016年9月29日 (木)

職人

201609_29

今月の途中あたりから、ちょっとの間だけは毎日更新しようと心に決めてようやく今月も残す所あと1日となりました。なんとか明日までは書きたいなと思っています。なかなか努力なしには、私という人間をお伝えする手立てがないので、拙い文章でしたがあれこれよもやま話ししでした。また時々こんな風にやってみたいと思います。

さて・・・今日のお話し・・・

私は小さいころから職人さんが好きでした。
家には何通りかのチームが春、秋、また必要な時にケアにやってきてくれましたが、その代表的なチームは庭師さんたちでした。

来たね、10時だ、お茶だ休憩、ちょっとやった、お昼、お茶だ、長い休憩、あれ3時休憩、帰ったね、そんな感じのチームでしたが、そんな調子でも一週間もすると庭は様変わりしました。
私はその10時のティータイム、お昼休憩、3時の午後茶にはべったりとはりついて、粋な袢纏に植木ばさみのおじさんたちに鮮やかな手さばきを見せてもらうのが常でした。キセルのたばことか。

それから、時は流れ、自由に動き回れるようになった時にはすっかりお気に入りの建具、小間物の木工職人さんの作業場へ。丸ノコが本当に怪しく怖く鋭く美しいのを覚えています。・・・というのも、O平さんは3年ほど前にお空へお帰りになったので。私は必要なもののすべてはO平さんに作成していただいてきています。そして、ケアもしていただいていました。でも、ケアといってもO平さんの作品は何年経過しても一切ひずまなかったので、現在も大きな修理なく来ています。

職人さんというのは、一人親方できているのでどこかとっつきにくい所もありますし、お金はいらねぇ、一升瓶もってこいという気質もあり、金銭的なつながりよりも心を大切にする人(中にはそうじゃない人もいるでしょうけど)が目立つ気がします。少なくとも私がO平さんを通じて知った人は。

結局O平さんとは30年くらいのお付き合いになったと思います。途中、右手親指を落とされるという事故もありましたが、晩年はそのハンデもわからないくらいの見事な作品を次々に残されました。うち、何点かが現在もここにあります。

いくつかはプレゼントしていただいたものです。変わり者が変わり者に遺していってくれたような。
もう、そんな心と心で信頼しあう職人さんなんて出来ないと思います。跡継ぎもおられませんので、あの技術はあれでお終い。しかし、わからないです。きっと定期的になにか際立った人がどこの世代にも生まれてきて、また新たな技術を作り上げ職人として輝くのだと思います。だから悲しいばかりでもありません。

私は、O平さんやほかの職人さんから生きる姿勢というか、自分の中の宝を大切にする、磨き続けることを学んだ気がします。
けっこう性格は???という部分もありますが、生み出した作品に一ミリの狂いもありません。最初から恐らく100年、200年先を見据えて計算していたんでしょう。それが匠と云うものなんでしょうね。
彼らもまた日本の宝だったように思います。一切有名でなかったけれど。知る人ぞ知る、そんな密やかで強烈な閃光を放つ星に魅力を感じます。私が気づいていないだけで、そういう方は本当にたくさんいらっしゃるのだとも思います。

私にもそんな部分があったらなぁ。うん、きっとある。探そう、見つかるまで探そう。

それと同時に、私がいなくなった後もここにある彼らの作品というのは余程のことが無い限り残り続けていくんだな。そう思うとちょっと考えてしまいます。祖父が残したものを、私がおおかた散逸させてしまったのと同じなんだと思います。
物を持つということはそういうことなんですね、きっと。

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