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2016年10月25日 (火)

方向

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何か月か前に書いたかもしれません。すぐに忘れてしまうので話が重複したらごめんなさい、先に謝っておきます。
1.2週間くらい前にマレーシアから大好きな女性のCDが届いたよという話をしたところまでは記憶があります。

その方は多言語を操られますし、自分できない言語は他の方も登場したりして、一つの意味を持つものを色々な国の言葉でやってくれるので私は好きで聴いているのと、勉強のためと両方です。
というのは、すでに日本語で理解しているものについては、音楽が邪魔になる場合もあり最初ものすごい抵抗があるのです。けれど、そういう自分にまとわりついた固定観念を打ち捨てられると、あぁ、これってひょっとしてものすごいことなのかもと改めて音楽のすごさを再認識できるのです。

この間のCDの内容は私は既に漢語と日本の現代語で理解していて、漢語をながめると現代語訳が浮かんでくるようにしてありました。それをこの度は中国語(中国語は私の周りでは北京語をしゃべる人しかいません。ですから、これが中国の何処の辺りの言葉なのかさえ理解できません、精通していないのです)で音楽として聞くことにしました。

知らないとはありがたいもので、わからない、理解できないからこそ音楽に乗っていても違和感がないのです。おかしな観念にとらわれないで済みます。なんて美しい声、なんて素敵な曲・・・とうっとり聴けたのも1週間でした。
ひたすら聞き続けたら、読んでる箇所がどこかも理解でき、あ、同じ内容だ!と気づけるまでになったのです。べつの国の言葉でも、まったく離れていないんだなと分かり、いまは音楽としてではなく、私の大好きなお話しと中身の理解の方へ移行しています。

言葉と音楽は離れているようで、巧みにかかわっていて、こんな偉業を成し遂げるのだなという感想です。
きっと、これからも聴き続けると思いますし、ますます大好きな人となりました。天才としかいいようのない。同じ時代に生まれて、本当によかった。

言語が違っても、立つ場所が同じ、みつめる方向が同じなら、志しひとつ。

彼女はまた素晴らしいサンスクリット語を使われる方でもありますが、私はこの言葉なら何とか自力で理解することができます、ほんのほんの少しなんですが。やっておいてよかったな、いまこんな楽しみがあるならと心から思います。

英語がからっきしなのが本当に残念無念^^

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