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2019年3月31日 (日)

驚きました

久しぶりにブログを書こうとパソコンを開いてみましたら、編集画面が全く理解不能な形になっていて右往左往しております。2019_0331_01 

この不安げな表情、一目瞭然ですよね(笑)私は写真が大の苦手で、人生にそう何枚の写真がありません。貴重な不安顔です。

さて、こんなことをそうそう起こしている訳にもいけませんから、もうちょっとマメに更新しなければと思い直しております。

年明けからの三か月はどなたも訳が分からないうちに過ぎ去るのではないでしょうか。私も例外ではなかったですが、昨年より生き方や行動のスタイルを本来の自分の動きに戻すことによって、随分私は自分を取り戻しいろいろ変容させつつあれるような気がしています。

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大きな思い出・・・というか今さっきのような、(良くも悪くも、私は少し人と時の概念が違うところがあるので)まだ昨日の出来事のように思っていますが、3月1日に東京文化会館でのエレクトーン演奏家の神田将さんのリサイタルが非常に心に強く刻まれています。演奏会というのは、同じ曲であれ、違う曲であれ、その時その瞬間、同じ場所にいた人々でないと、なかなか気持ちが共有できないように思います。けれど、ほんの少しだけでも伝われば良いと思うので、気持ちを。

舞台は言葉にできないほどに美しいものでした。演奏だけではなく、人の温かさや、力、こころ、様々な美を感じました。私は最初から最後まで涙が止まらないほどでしたが、元来あんまり人に心のうちも自分もさらけ出さない方なので、涙の跡が恥ずかしいように思えさっと隠れて直しました。

いままで、もう何年も追いかけているんです。そして、幾つもの公演を聴きに行かせていただいてきて、そのどれもがひとつひとつ語れるほど、忘れられないものです。たとえるならば、生真面目な一流シェフが食材吟味だけにとどまらず、とうとう土づくりから手掛けて、最終的には思いやりあふれる優しくパワフルな見た目も味も、健康にも素晴らしいコースを毎回作っている。或いは、夕鶴の鶴。しかも恩をうけていないタイプの鶴。それなのに、命を紡いで、見た目も触り心地もシルクよりも繊細な天女の羽衣のようなものを作りあげ皆に差し出し魂を奏でているような、そういう方だと私は思っています。私は直接仕込みのことは伺ったことはありません。けれど、同じ楽器をずっと触ってきた私が見ていて、こんな楽器の使い方をなさっている方は他に思い当たりません。一つ一つの作業を考えてみても、私には気が遠くなるようなことです。あんなことが涼しい顔(実際に涼しいかは分かりませんが)で出来る方ってそうそういらっしゃるものではない、そんな風に思っています。

言葉にしなければ伝わらないけれど、言葉にしてしまうと儚く通りすぎ、それで終わりというような寂しさにかられるので、これくらいで。あとの部分は私の心のたからものにさせてください。終演後、私は写真も撮っていただいているんです。これまた本当に珍しい、私が写っている写真なんてレアものです。三人で撮影していただいたものなんですが、美男二方に山姥みたいな私で、しばらく落ちました。でも、人生の大きな記念の一枚になりました。これに関してはわたしの可愛い生徒のみなさんと、嬉しくその模様とともに笑顔で拝見させていただいています。

それから話は変わりますが、昨年の12月に、私はもう一度じぶんをちゃんとしようと思い立ち、再び恩師の元に戻り鍛え直していただいています。レッスン、なんだか毎回格闘技のような気がしています。でも、先生に見ていただける幸運を授かったので、一分一秒無駄にしたくありません。時々、初見で演奏してくださるわずか何小節かに、涙があふれるほどです。これが天才ってやつなんだな・・・と。でも、私は天才ではなくとも、もう最後のチャンスだと思って、出来る限りの努力を重ねたいと思っています。一言一言が金言で、帰ってきてから深く反芻してメモに刻みます。

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(なんとか笑おうと努力してさらにこじらせた表情です。携帯のカメラが感度がわるくて、ボケた感じになり、返って霞んでいてよかったです)

あとは、時折、奈良や高知、縁あるところを訪問したりで、私の日常は過ぎていきます。

この春、何名かの方が私に逢いにきてくださいました。私のところに通ってくださることになったかた、私からの紹介で別の教室に進むことになったかた、いろいろいらっしゃいます。まずは、お話しさせていただかないと色々分かりません。どうかお気軽にお問い合わせください。10分もお話しさせていただくと、たいていの方は笑い転げていますよ。

 

 

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